気づいてしまうと不安になる
私たちは普段、確率的に起こりそうもないけれど、もしもそれが起これば大変なことになる、という類のリスクについて意識すらしていません。
しかし、一度そのリスクが注目されると、それが実際に起きてしまう確率を過大評価してしまうか、低い確率でしか起こらない出来事に過大な重みづけを行い、不安になります。
たとえば、登下校中の学童の列に車が突っ込んだというような悲惨なニュースが流れると、子をもつ多くの親たちは我が子の身を案じずにはいられなくなります。
全国に数百万人いる学童の中から、自分の子供がそのような事故にあう確率はほとんど0に等しいですが、親にとってそのリスクは実際よりも高く感じらてしまうのです。
子供たちが通いなれた今まで事故など起こったことのないような道で、暴走した車が我が子に迫ってきたらどうなるかと、どうしても不安になってしまいます。
リスクはつねに存在していて、0リスクなどありえない
一度意識してしまったリスクへの不安を完全に解消するためには、リスクの軽減や緩和ではなく発生確率を0にする必要があります。
しかし、0リスク(ゼロリスク)というのはありえません。
何かのリスクを意識し、それを過大評価してしまっているときは、どんな時も多少のリスクはあるのだと割り切って考えるしかないでしょう。
稀な出来事に対して神経質に悩んでも疲れるだけです。
一方で、私たちは稀な出来事のリスクに気づいていないとき、それが起こる可能性を完全に無視してしまいます。
大地震が起きた後になって地震保険がよく売れるようになるのは、リスクの無視とその後の過大評価と過大な重みづけを表すよい例でしょう。
気づいていない時は気づいていないのでそれは仕方のないことですが、「備えあれば憂いなし」ともいいます。
一般的に言われている人生のリスクを把握し、備えが必要なものは何かと考え、事前に準備しておくことも大切かもしれません。